第1回牧原秀樹フォーラムにて藤田真平さんがスピーチ

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ラフレ埼玉で開催されました、「第一回 牧原秀樹フォーラム」に、東北未来リーダーズサミットに参加した藤田真平さんが出席し、スピーチの機会をいただきました。

気仙沼で被災し家を失くし、現在、神奈川県に単身で避難生活を送る藤田さんのスピーチは、多くの方の反響をいただき、会の最後まで色んな方に声をかけていただきました。

緊張したけれど、本当に良い発信の場をいただきました。ぜひ、自分以外の高校生にもこのような機会があることを願います」とコメント。




藤田 真平(ふじた・しんぺい)神奈川県立岸根高等学校3年

神奈川県立岸根高等学校3年の藤田真平と申します。現在、故郷である宮城県気仙沼市の実家を震災で失ったため、神奈川県に引っ越して生活しています。

今日は、震災で被害を受けた私たち学生の力になって下さっている牧原さんのご厚意で、こうして国や県や市のためにご活躍をされている政治家の先生や各界の皆様の前でお話しできることに感謝したいと思います。

3月11日の大震災による被害で、僕の故郷気仙沼市も壊滅的な被害を受けました。その中に、通っていたスイミングクラブも含まれており、僕は泳ぐ場所を失いました。13年間続けていた水泳を奪われ、夢も希望も失いかけて途方に暮れていた時、インターネットを通じたご縁で神奈川大学の水泳部に声をかけていただき、故郷気仙沼にいる家族と離れ、今、神奈川県で一人で生活しています。

一度はあきらめかけた水泳を続けることができ、震災後6月に開催された神奈川県高校総体競泳では7位という成績を収め、関東大会へ出場しました。9月には、山口県で行われた国民体育大会で宮城県代表として出場することも出来ました。

僕の夢は、大学に進学して、日本一の水泳選手になることです。自分が努力を続けて前に進み、結果を出すことが、気仙沼の被災地を元気づけ、自分を育ててくれた恩返しになると思い、日々練習に励んでいます。あの震災を乗り越えて、自分に課せられた使命を認識し、東北を活気づけたいのです。

震災から8カ月以上が経ち、特に東北から離れて高校生活を送っていると、震災についての社会の関心が薄れていくのを感じ、被災者として悲しい気持ちになることもあります。そんな中、牧原さんも設立に関わってくれたビヨンドトゥモローというプロジェクトが10月に開催した「東北未来リーダーズサミット」に参加しました。そこでは被災地から集まった70名の高校生が、東北の未来の姿について提言をまとめるというもので、復興支援や街づくりについて、震災という共通体験を持つ仲間と考える機会になりました。ビヨンドトゥモローを通して、多くの被災した高校生の仲間たちにつながりを持てたことはひとつの奇跡だったと思います。その多くの仲間たちと必死に頑張って震災を乗り越えていこうと約束し合っています。

そんな機会をくれ、前に進もうとする気持ちを与えてくれた牧原さんや皆様には心から感謝しています。自分は、被災して以来、数え切れないほどたくさんの人に助けられてここまで来ました。それも全て、父や母や兄弟が大事にしてきた「人と人とのつながり」のおかげだと信じています。そんなつながりを大切に、これから東北復興のためにアクションを起こしていきたいと思いますので、応援していただければと思います。

牧原さん、皆さん、今日はどうもありがとうございました。