一般財団法人教育支援グローバル基金|ビヨンドトゥモロー

将来、親のいない子供たちが暮らす場所をつくりたいと思っています

森瀬 さおり

参加年次 : 高校3年

私は5人兄弟ですが、両親がいません。両親の離婚後、親権のあった母もがんで亡くなりました。母は、がんが見つかった年に手術をし、ほぼ再発はないだろうとお医者さんに言われ、私たち兄弟は安心しました。しかし、退院後は母が家にいることが嬉しくて、負担をかけすぎていました。それに気づいたのは、残酷にもがんが再発した後でした。余命4ヶ月と宣告され、頭が真っ白になりながらも、母を支えようと決心しました。しかし、母が亡くなったのは、余命宣告を受けてからたった1週間後のことでした。私は母に何もしてあげることができず、何度も、その時に戻って何かしてあげられたら、と思い悩みました。

だから私は、母の分まで、兄弟を支えようと決め、幼い年齢の兄弟達の面倒を見ることに決めました。それからの日々は、保険金の請求、相続の手続き、未成年後見人の決定、福祉手当の手続きなど、数えきれないほどの問題や手続きがありました。ストレスをためこみ、ヒステリックになった時も、兄弟がなぐさめてくれ、なんとかそれらを乗り越えることができました。そして私は、母の仕事を引き継ぐために、英語教師の夢をあきらめ、実家に残り保育士の資格をとることにしました。

夢をあきらめた私は、将来の目標を失ってしまいました。そんな時、担任の先生が勧めてくれたのがビヨンドトゥモローでした。ジャパン未来リーダーズサミットに参加しましたが、想像していたものとは全く違って、とてつもない刺激を受けました。自分と似た境遇の人たちがいましたが、考え方が全く違いました。人生の中で悲しい出来事があったにも関わらず、それを将来の夢のきっかけにしているのです。

自分の過去を打ち明けた際には、同じチームのメンバーから「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」と言われ、その言葉にもとても救われました。そのサミットで、私は、新しい夢をみつけました。将来、親のいない子供たちが暮らすための場所をつくりたいと思っています。その後に参加したジャパン未来スカラーシップ・プログラムでも、仲間から大きな刺激を受け、学びあい、1年間切磋琢磨しながら、自分自身が成長する機会になりました。

その後の短大では保育科に進学し、保育を深く学びました。

現在は、実家の仕事を手伝ったり、兄弟の面倒を見たりの毎日ですが、そのような中でも、ビヨンドトゥモローで出会った友人たちと定期的に連絡を取り合い、常に前向きな気持ちで、将来何かできるかを語り合っています。海外研修に行った経験から、将来もっと色々な国に行き、視野を広げたいという夢もあり、そのような経験を子供に関わる仕事で役立てていきたいと考えています。