公益財団法人教育支援グローバル基金|ビヨンドトゥモロー

【オピニオンシリーズ第3回】未来の希望に、全てがつながっていく

 

仲間が増える喜び

うれしいニュースがあった。取材で知り合った大学生が来春、テレビ局に就職する。人事や経理担当の総務、イベント企画・運営の事業、販売に広告――会社には様々な部局があって経営が成り立つ。就職先では、どこに配属されるのかわからない。彼女の第一志望は報道だ。同じ世界の仲間になってくれる。それが何よりうれしい。

彼女は君たちの先輩だ。初めて会ったのは高校2年生だった2017年夏と記憶している。「子どもの貧困」の当事者が課題解決に向けた行動計画を策定する――「教育支援グローバル基金」の新たな取り組みを知り、取材した。児童養護施設で暮らす、同じ境遇の8人ほどで、自らの、そしてこの社会が抱える課題解決に挑んだ。

基金の人材育成事業「ビヨンドトゥモロー」については、前年2016年から取材をしていた。きっかけはこの年の参院選から引き下げられた「18歳選挙権」だ。新たに有権者となる10代の君たちのことを、私たち「大人」はどれぐらい知っているのだろうか。こんな疑問からビヨンドのメンバーにインタビューを重ねていた。

新聞記者として10代、さらには20代前半の君たちの話を聞く機会は、実は、とても少なかった。駆け出しの頃の事件・事故取材は警察署の副署長が広報の窓口だった。政治取材では影響力のある実力政治家の動向が鍵になる。いずれも、はるかに年上の大先輩が取材のターゲットになった。両親、もしくは祖父母の世代だ。

だからビヨンドのメンバーへのインタビューでは戸惑ってばかりだった。最もためらったのは生い立ちについての質問だ。施設に入る前、入ってからの暮らしは「聞いてはいけない」と思い込んでいた。それが間違いだと教えてくれたのも、君たちの先輩のひとりだった。「どうしてもっと聞かないんですか?私たちのこと、知ってほしいんです」

 

気付きの言葉

 そもそも新聞記者の仕事とは何か。多くの人に伝えなければならないこと、伝えたいと思うことを、事実に基づいて伝える。改めて、この仕事の原点に立ち返らせてくれたひと言だった。ビヨンドのみんなとの距離が縮まったような気がした。2018夏にはサマー・リトリートに同行取材した。

4泊5日の合宿で「施設の子どもたちが未来を切り開くには何が必要か」を考え、行動した。メインは三重県の施設で暮らす中高生との交流会だった。「同じ境遇にある仲間が持つ将来への不安を取り除き、夢を持ってもらう」ことがテーマだった。今でもはっきり覚えているのは前日夜のことだ。

最終ミーティングで「力になれなかったらどうしよう」と涙ぐむメンバーがいた。インタビューを試みた。母子家庭で育ち、母親は言葉の暴力を繰り返し浴びせた。家を飛び出し施設に駆け込む。「職員さんと会った瞬間に『きらきらしてる』って感じた」。施設の職員になるのが夢になった。「苦しい思いをしている子どもに寄り添う仕事がしたい」

1時間を超すインタビューは「明日は今の話をそのまますればいいんじゃない。三重の中高生はきっと何かを感じるよ」と伝えて締めくくった。同じ境遇にある中高生は、君の生い立ち、今の君の姿と夢に、自らを重ね合わせて考えてくれるはずだ――こんな思いを伝えたかった。

「自分の可能性と魅力に気付いてほしい」という思いから、この日のインタビューは、取材の範囲を逸脱していたかも知れない。それでもいいと思った。翌日の交流会、三重の中高生と話すメンバーの笑顔を見て、とてもうれしかった。サマー・リトリートの模様は15回の、短い連載記事にして伝えた。

 

未来の希望

この原稿を書いている前日、東京都内の高校3年生に「高校魅力化プロジェクト」の授業を行った。16年参院選の「18歳選挙権」をきっかけに就任した総務省の主権者教育アドバイザーとしての活動だ。高校の魅力を高めるための校則見直しや施設整備を生徒自らが考え、実現を目指す。

何を伝えたかったのか。それは「君たちは未来の希望だ」ということだった。10代、そして20代前半のビヨンドの仲間に対しても同じだ。少子化による人口減少で、これからの日本はどんどん縮んでしまう。日本に未来はあるのか。次代の主役は君たちだ。もちろん、私たち「大人」の世代もがんばる。未来の希望を一緒に作っていきたい。

具体的にどうすればよいのか。まずは社会との関わり方を考えたい。例えば新聞記者なら、既に書いたように「伝えなければならないこと、伝えたいと思うことを、事実に基づいて伝える」ことで社会と関わっている。起業家ならば「技術革新によって豊かさをもたらす」といったような関わり方になるのだろう。

ビヨンドはそんな関わり方を考える場所でもある。国際紛争の難民・避難民を支援する活動団体の代表、新たな価値観を広めるクリエイター、法律の専門家として社会の規律を保つ弁護士……。ビヨンドには理事やメンターとして、社会と様々な関わり方をする人たちが参加している。

君たちにとってはロールモデルの宝庫だ。成功もした。失敗もあった。悩み、もがいた末の今がある。こうした経験を聞き、自分にしかできない社会との関わり方を探っていけばいい。とても創造的で魅力的な作業だ。その先には、君たちにしか描けない未来の希望が確かにある。

 

読売新聞東京本社紙面審査委員会委員長

渡辺 嘉久

ビヨンドトゥモローについて