公益財団法人教育支援グローバル基金|ビヨンドトゥモロー

東日本大震災から15年 ― 卒業生が語る“生き続ける記憶”②

2011年3月11日の東日本大震災から15年。あの日を経験した若者たちは、それぞれの歩みの中で、どのように記憶と向き合い、生きてきたのでしょうか。本記事では、ビヨンドトゥモローの卒業生が、自身の体験とその後の人生、そして次の世代に伝えたい想いを綴ります。震災の記憶とともに生きる一人ひとりの言葉をお届けします。

東日本大震災から15年

 

震災から15年「あの出会いが、人生を変えた」

2013年~15年奨学生  高田さん(仮名)

15年前の2011年3月11日、故郷の宮城県石巻市で春休みを過ごしていた私は、あの日、最愛の母を失った。故郷は津波に覆われ、多くの命が消えた。これからどこへ向かえばいいのか、何を拠り所にすればいいのか。見通しのつかない日々が続いた。

そんな中で出会ったのが、ビヨンドトゥモローだった。
きっかけは東北未来リーダーズサミットへの参加だ。当時の私は自分の強みがまったく見えず、明るい将来なんて難しいだろうと諦めていた。「東京に行ける」という今思えば単純な参加動機だった。


そこで出会ったリーダーたちは、震災を経験した子どもたちに何か届けたいという熱を持ち、自らの力で社会に働きかけることを本気で楽しんでいた。その姿に圧倒されたことを昨日のように覚えている。同世代の高校生たちも、自分より過酷な状況を経験しながら前を向いていた。やりたいことに向かって進むことの重要性をその姿から教わった。

 


あの光景が忘れられず、才能ある人の魅力を言葉で発信する仕事がしたいと思うようになり、文章で発信する仕事を志して専門の大学への進学を決め、ビヨンドトゥモローの大学生フェローズプログラムに応募した。結果として、運よく採用していただき、各界のリーダーとの対話を重ねる中で、ロールモデルと出会い、自分の選択肢が広がっていった。


あの出会いがなければ、今とは違う人生を歩んでいたと思う。「本当に運が良かった」と日々痛感している。各界の人たちとの対話が、自分の人生を前に進める原動力をつくってくれたのだ。


今は「あらゆるヒト・モノ・技術共創空間のOSをつくる」というビジョンを持つクラスター株式会社で、広報として働いている。clusterは現実の世界でハンディキャップを抱えた人でも活躍できる場を提供し、バーチャル空間を通じた自己実現や孤独感の解消、コミュニケーション支援、居場所づくりを実現するプラットフォームだ。全国800以上の教育機関・教育団体と連携し、clusterが誰かの救いになるよう、日々さまざまな人にその魅力を届けている。

ビヨンドトゥモローに救われた経験があるからこそ、才能ある人が活躍できる社会をつくりたいという思いが今も仕事の根底にある。困難を経験した自分が逆境を共感の力に変え、社会のさまざまな場所で変化を起こしていく。ビヨンドトゥモローの理念を体現するその姿を、自分なりの形で続けていきたい。

最後に、これを見ている若い世代のみなさんへお伝えできることがあるとすれば、偉そうなことは言えないが、困難な状況の中でもやりたいことを諦めないでほしいと思う。どんな状況でも、自分のやりたいことに向かって道を探し続けてほしい。未来が見えない時期こそ、違う視点を持つ人との対話が新しい選択肢を開いてくれる。そんなあなたが活躍できる社会をつくるために、私も自分にできることを続けていく。

 

 

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