生活保護世帯の子どもに立ち向かう壁-進学はできる?
近年、子どもの9人に1人が貧困であるとして、子どもの貧困をどう解決するかが課題とされています※1。
今回は、「生活保護」に焦点を当て、生活保護世帯の子どもたちが直面する現実と、彼らが夢や目標に向かって前進するために必要な支援について考えます。
1 生活保護制度の基本
生活保護とは
生活保護とは、生活困窮者に対する支援制度のことです。
日本国民には、憲法25条によって「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障されています。
しかし、様々な理由から、資産や能力等すべてを活用してもなお、そうした生活を送ることが困難な人がいます。
生活保護は、そのような生活困窮者に対して、生活に必要な保護を行い、自立を助長することを目的として、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を具体化するために、生活保護法に基づいて実施されます。
金銭給付による所得の保障のみならず、医療扶助や介護扶助といったサービス給付・現物給付、自立助長のための援助・支援も行われます。
受給要件
生活に困窮している場合でも、自らの力で状況を改善できる場合には、生活保護の受給対象とはなりません。
生活保護を受給する前に、手元にある資産(預貯金や、生活に利用していない土地・家屋など)、就労能力、他制度による給付、扶養義務者からの扶養のすべてを活用する必要があります。
そのうえで、世帯の収入と厚生労働大臣の定める基準で計算される最低生活費を比較して、収入が最低生活費に満たない場合に、保護が適用されます。
2 生活保護世帯の子どものくらし
実体験からみる「思い」
Yくん(ビヨンドトゥモロー卒業生・大学4年生)
「歳の離れた弟と妹がいて、教えることや子どもと触れ合うことが好きだったため、高校生の頃から、学校教員になりたいと考えるようになりました。教員免許は大学で取れることを知り、進学を志しました。
生活保護世帯は世帯分離をしなければ大学に進学できないため、窓口に「世帯変更届」を提出するなど、手続きが必要でした。世帯分離をしたとしても、大学に通うためには奨学金を受給する必要がありましたが、最低限の奨学金を受給したとしても、生活費や受験料、突発的にお金が必要になったときに対応できません。そうした不安感は常に感じていました。世帯分離の手続きや奨学金の申込みは、得られることの対価に比べれば、それほど大変には感じませんでした。
ただ、お金だけではなく、奨学金情報の提供などのサポートがあれば良かったなと思っています。調べるのはかなり労力が必要でした…。また、社会人になったときに必ず家族と別居をしなければいけないことは、今不安に感じています。」
データからみる「進学の壁」
生活保護世帯の中で、在学者がいる世帯は7万8,420世帯、生活保護を受給している在学者は約12万4,899人です。(なお、被保護人員は202万4,586人)※3
生活保護世帯に暮らす子どもの進学率を見てみると、調査方法が異なるため単純に比較はできないものの、全世帯の子どもの進学率よりも低い傾向にあります。※4
進学率が低い理由としては、進学費用の不足だけでなく、奨学金等を受けるための世帯分離といった手続きの煩雑さ、なるべく早く就職して世帯の収入を支えたいとの気持ちが強いことなどが挙げられます。
生活保護世帯の子どもの貧困対策として、教育扶助や高等学校等就学費の支給、子どもの学習塾等費用の収入認定除外、大学等の進学費用の収入認定除外といった対策がなされています。
※収入認定除外:生活保護受給の基準となる世帯収入について、特定の項目に充てられる経費については認定しないということ。これによって、「生活保護が受けられなくなるから学習塾に通えない」といった事態がなくなります。
高校の授業料や入学金、クラブ活動費、制服代等は、生活保護によって支給されることになります。
大学に進学するには?
大学に進学する場合は、「世帯分離」の手続きが必要となります。
生活保護は、世帯ごとに支給されますが、世帯の18歳以上は、原則として「就労能力がある」という位置づけにあるため、大学に進学すれば「就労能力を活用していない」として生活保護受給の対象外となってしまいます。
住民票を分けて「別世帯」とみなされることで、生活保護を受けている家族と同じ家に住みながらも、自分だけ生活保護の対象から外れ、大学進学と併せて奨学金の受給などもできるようになるのです。
一方、世帯分離をすれば支給額が減少するため、それが進学を思いとどまらせる1つの要因にもなっている面もあります。
制度上、家庭からの仕送りなどはできないため、自分自身で生活費等を稼ぐことになり、進学後の生活についても高いハードルが待ち構えています。
もっとも、進学時には、「進学準備給付金」が支給され(自宅生 10 万円 自宅外生 30 万円)、入学後は、各自で授業料免除や給付型奨学金の申込みをすることになります。
ただ、世帯分離や給付金の手続き、奨学金の申込みなどを、受験・進学の準備に加えて行わなければならない点で、学生にとっては負担が大きいともいえます。
4 まとめ
生活保護世帯に暮らす子どもでも、進学することは可能です。
生活保護制度は、子どもたちが経済的な理由から夢や目標を諦めることなく、安心して学び、成長できる環境を提供するためのセーフティネットなのです。しかし、制度の改善が進んでいるとはいえ、依然として課題も残されています。
ビヨンドトゥモローは、生活保護世帯の高校生・大学生に対しても、奨学金の給付を行っています。
こうした民間による支援は、生活保護世帯の子どもたちが経済的な制約を超えて、将来の選択肢を広げるために不可欠です。
更に、経済的支援のみならず、進学や自立に関するアドバイスといった、より寄り添ったサポートが求められるといえます。
社会全体として、これらの子どもたちが自分の可能性を最大限に発揮できるような環境を整えることが、私たちの責任であり、使命であると言えるでしょう。
「手は差し伸べられているはず。それを掴もうとすることが大事だと思います。」
-Yくん
なお、ビヨンドトゥモローの活動は、皆様のご寄付で成り立っております。
逆境に置かれながらも頑張る若者を支援したいと思ってくださった方は、ぜひ、こちらからご寄付をお願いいたします。
〈参考〉
※1 厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」
※2 厚生労働省HP「生活保護制度」
※3 厚生労働省「令和4年度被保護者調査」
※4 厚生労働省 社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会(第14回)資料5「生活保護制度の現状について」(令和4年6月3日)
・有斐閣アルマ「社会保障法(第7版)」加藤智章,菊池馨実,倉田聡,前田雅子(2019年)
・厚生労働省 社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会(第14回)資料5「生活保護制度の現状について」(令和4年6月3日)
・厚生労働省 社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会(第22回)資料1「子どもの貧困への対応について」(令和4年10月31日)