学生インタビュー:ひとり一人に寄り添える弁護士になりたい!夢に向かう原動力は母がくれた言葉

小学校6年生の時に母を亡くした山内さんは、母に寄り添えなかった後悔をずっと引きずりながら過ごしてきました。そんな山内さんは、大学進学を考えるタイミングでビヨンドトゥモローに参加します。ビヨンドトゥモローに参加することで変化したことや今追いかけている夢のはじまりとこれからについて伺いました!

母に寄り添えなかった後悔をずっと抱えてきた中高時代

2019年3月オリエンテーションにて(右)

山内さんのこれまでの生い立ちを簡単に教えて頂けますか?

母が亡くなったのは小学6年生の冬です。両親共に、歳がいってからの子どもだったので、体が弱いところがあり、母は昔から入退院を繰り返していました。

しかも小学5年生の時に父がガンを患ってしまって、母は自分の病気の治療をしながら父の看病をするという生活が続いていました。そんな状況の中、気付いたら母はアルコール依存症のようになっていました。

その頃の記憶はもやっとしか覚えていないんですが、真っ暗な部屋で母が動けなくなっていて、冷蔵庫の中にあるものが腐りきっている場面がフラッシュバックすることがあります。今ふり返ると、その時期が一番つらかったなと思います。

私は「将来こういうことをやりたい!」とすごく大袈裟に夢を語るような子どもでした。それで母が、「叶えたい夢がいっぱいあるんだったら可能性を広げるためにチャレンジしてみない?」と中学受験を勧めてくれたんです。私はその受験勉強を言い訳に、現実から目を逸らしていたのかもしれません。

私が現実と初めて向き合ったのは、合格発表の3日後に母が亡くなってからでした。実は、母の体調が良くないときに、「お酒を買ってきて」って頼まれることがあったんですね。私は医者から母がお酒を禁止されていることを知りながら、ケンカになるのが嫌という一心で、私はお酒を買いに行っていました。そういうことを母の死後、落ち着いて考えたときに、私はなんてことをしてしまったんだろうってすごく後悔しました。

それからは、自分のせいでお母さんは亡くなったんだっていうのをずっと抱えながら過ごすようになりました。私には兄弟も親戚もいないので、もやもやした気持ちを誰にも言えないまま、その気持ちをどうにか隠して生活していたっていうのがビヨンドに出会うまでです。

ビヨンドトゥモローに出会ったことで、夢を追いかける自信を持てた

2019年3月オリエンテーションにて(左)

 

ビヨンドトゥモローとの出会いを教えて頂けますか?

ビヨンドを最初に知ったときは、「楽しそうだな」くらいの受け取り方でした。金銭的に余裕がなく、県外に行く経験や旅行に行くこともなかったので、「無料で東京に行けるチャンスだ!」と思ってビヨンドのホームページを開いてみました。

そこでビヨンドに参加した先輩方のコメントを読み、「私行かなきゃっ!」て感じました。というのも、私の周りには親を亡くした経験のある人がいませんでした。なので中学、高校と周りにひた隠しにして、まるで両親がいるような感じで過ごしてきました。でも、「この人たちになら言えるかもな」と思ってすぐに参加することを決めました。

ビヨンドトゥモローに参加した第一印象を教えて頂けますか?

初めて参加したのは、全国から高校生が集まって参加するリーダーズサミットでした。会場に入るまでは、ピリピリした空間なのかなって思って参加したんですけど、みんなで机を囲って話したり、小さな子どもを連れてきている人がいたりして温かい雰囲気だなと感じました。

自分の経験の全てを話すことはできませんでしたが、自分の中でもやもやしていたものを吐き出せたのはすごく大きかったですね。母がいないという事実を言うことすら初めてだったので。

それに、ちょうど進路について悩み始めた時期で、「自分のやりたいことをやっていいのか」っていう誰にも相談できなかったもやもやを抱えていたので、話ながらボロボロ泣きましたね。(笑)

ビヨンドトゥモローに参加して変化したことはありますか?

トコトン自分と向き合えたというのが大きいです。自分が何を考えているのか? 本当は何がしたいのか? それまでは、もやがかかってはっきり見えませんでしたが、やりたいことが明確になっていきました。

それに、私の話をちゃんと聞いて、私のことしっかり考えて、それでもしっかり応援してくれる人がいるってわかったことで、過去にこだわるんじゃなくて、前を向こうっていう気持ちにさせてもらいました。おかげで自分の夢を追いかける自信がついてきましたね。

自分を応援してくれる人がいるから夢に向かって進める!

2019年リーダーズ・サミットにて(中央)

山内さんの「夢のはじまり」について教えてもらってもいいですか?

家族がいろいろ苦労しているのに自分は家族の役に立てなかったっていう思いがあります。だから自分のできることで人の力になれたらいいなって思うようになりました。それで弁護士という仕事に憧れたのがはじまりです。

でも弁護士になるには、お金も時間もかかるし、厳しい道です。父はもう定年を迎えていたので、無理をさせられないなというのもあって一人でもやもや考えていました。

そんなときにビヨンドに参加して、「そういう理由であきらめちゃだめだよ」「私はすごく頑張ってほしいよ」って同じグループのメンバーに言葉をかけられて、法学部に進学することを決心しました。

山内さんにとって夢に向かって頑張る原動力はなんですか?

根幹には母のことがあると思います。母は、「菜々夏が頑張ることがお母さんの生きる糧だから」っていうのをずっと言ってくれていました。あと、亡くなるちょっと前に母が父に、「菜々夏はもう大丈夫だから」って言ってくれたらしくて。その言葉もすごく自分の中に残ってますね。

言葉っていう意味では、ビヨンドの人に言われた「頑張ってほしい」っていうのもずっと残ってます。自分のバックグラウンドや抱えてる思いを知ったうえで応援してくれる人に初めて出会ったので。今でもその言葉を思い出して「頑張ろう!」って思いますね。

人を助けるために法律を使う弁護士になりたい!

山内さんが今勉強していることを教えて頂けますか?

弁護士になるために勉強しています。大学のゼミでは社会保障について学んでいて、特に、子どもの貧困であったり、家族問題っていうことにすごく興味があります。

法律を勉強していく中で、多くの事例を調べて、社会問題を分析すると、味方がいない人ってたくさんいるんですよね。家族であったり、寄り添ってくれる人がいない人っていうのがたくさんいるので、そういう人たちに寄り添える人になりたいなってずっと思っています。

だから「どんな弁護士になりたいの?」って質問されたときに「一人ひとりに寄り添う弁護士になりたい」っていつも言っています。

一人でつらい思いや寂しい思いを抱えている人に対して、少しでも自分が力になれるような存在になりたいなって思います。私は法律って人を助けるためにあると思っているので、せっかく法律を使うんだったら、そういう人間になりたいなって思いながら勉強していますね!

最後に、これから頑張っていきたいことを教えていただけますか?

まずは司法試験に合格するっていうのが第一目標です。資格がないと、行動したくても行動できないっていうことがあるので、法曹の資格を身に着けて1つの武器にしたいです。

法律を学ぶほどやりたいことがどんどん出てくるんですけど、最終的には人の力になりたいっていうのは変わらないです。そのために留学して知見を広げたいとも思いますし、子どもの教育にも興味があります。

今アルバイトで塾の先生をやっているんですけど、その経験を通して教育にも興味を持ちました。子どもに私が関われることはないかなと思って、一人親の子どもたちの学習教室で学習ボランティアをはじめました。私も一人親家庭で育った経験があるので、気持ちをすごく理解できます。それもあってか、結構相談をしてくれる小学生もいて、話を聞いて仲良くなって気持ちが軽くなるように寄り添っています。これからも教育の分野や子どもたちとの関わりも大切にしていきたいと思います。