世界屈指の経済を実現し、豊かになったはずの現代日本において、深刻な困難に直面する若者たちの存在があります。 そして、そういった課題の陰には、未来ある若者たちの存在があります。「お腹いっぱいごはんを食べる」「学校に行く」といった、日本に暮らす多くの子どもたちにとって当たり前のことが叶わず、苦労しながら「ごはんを食べたい」「学校に行きたい」と切望し、それでもなお、自分の人生を自分の手で切り開くべく、努力をあきらめない若者たちがいます。 ビヨンドトゥモローは、様々な事情で社会経済的に困難な立場に置かれながらも、将来、他者のために力を添える存在になることを志す若者を、奨学金支給と人材育成プログラムを通して応援しています。

ビヨンドトゥモローの活動が対象とする、「社会経済的困難」には、下記のような事例があります。

親との死別・離別を経験している

親の死亡や離婚などの事情により、ひとり親家庭となる世帯の数は増加しています。ひとり親家庭の相対的貧困率は54.6%とされ、その多くが社会経済的に困難な状況に置かれています。ひとり親世帯のほとんどは母子家庭ですが、母子家庭における就業者の内、半分以上が非正規雇用者で、平均年収は243万円と低く、7世帯に1世帯が生活保護を受給する、など厳しい状況が存在します。このため、ひとり親家庭における子どもの高卒後の進学率は低く、大学進学率は2割強にとどまります。

参加学生の声

“父の死後、貧しい生活で、自分は幸せになってはいけないのだと思っていた” 大山貴史  山口大学経済学部(愛媛県立松山北高等学校中島分校卒業) 愛媛県の離島のみかん農家に生まれた。小学生の時に父が自殺して以来、日本語が不自由な母を支え、新聞配達をしながら勉強と部活を両立させてきた。島という限られた空間に暮らし、世界を見渡すことができないと感じたことから、高校生の時にビヨンドトゥモローに参加し、仲間と出会い、人生の転換点になった。2017年は、大学を休学し、母の祖国であるフィリピンに渡り、英語学校運営補助のインターンシップに従事した。海外滞在を通し、アジアの国々の活力を目の当たりにし、世界における日本の地位を高めるべく、ビジネスを通して貢献したいと考えている。

児童養護施設・里親家庭に暮らしている

保護者がいない、虐待を受けた、などの理由により社会的養護の下に暮らしている子どもたちは全国に約4万5000人います。保護理由は虐待が多く、保護された子どもたちの多くは、日本全国にある児童養護施設や里親家庭に暮らしています。社会的養護の下に暮らす子どもたちの高卒後の進学率は低く、大学進学率は、児童養護施設で12%、里親家庭で26%となっています。また、多くの子どもたちは18歳で社会的養護が終了となり、児童養護施設を退所したり、里親家庭を離れることとなりますが、その後、自立して生活する力を身に着けたり、自分が帰るべき場所を見出していくことが求められますが、その道のりは簡単なことではありません。

参加学生の声

“どうしても、学校に行きたかった。学校に行くことが許されなくなった時、私は家を出るという決断をした” 西塚明美 岐阜県立八百津高等学校 厳しい家庭環境の中、一人で苦しんだ日々が続いたが、高校生になり、学校の先生に相談したことから、児童養護施設に入所することとなり、たくさんの人々に守られ、そして大人に甘える安心感を得ることができた。児童養護施設に入所するまでは、将来の夢を考えることもできない日々だったが、今は、自分がそうであったように苦しい想いをしている子どもたちに寄り添う仕事をしたいと考えるようになった。エンデバーの活動を通して、新しい発見をしたい、前向きな考えをできる自分になりたいと思っている。

生活保護受給世帯に暮らしている

生活保護受給世帯の子どもは、高校卒業後には働くことが前提とされ、長い間、大学進学が認められていませんでした。最近になり、政府による、生活保護受給世帯の子どもが大学に進学するための支援制度が始まりましたが、生活保護受給世帯の大学進学率は低く、2割弱となっています。家計を支えるために、高校卒業後に就労を選ぶ子どもが多く、生活保護受給世帯の高卒者の約半数が就職という道を選択しています。

参加学生の声

“家庭で暮らしていた時は、生活保護を受けていたので、大学進学なんて考えもしなかった。でも、通訳になるという夢を叶えるべく大学に進学し、「あきらめないことの大切さ」を知った” 長谷真由子  青山学院大学文学部(平塚学園高等学校卒業) 中学生の時に最愛の母を亡くし、兄弟たちと共に児童相談所に保護を求め、児童養護施設に入所した。母の死は悲しく辛いものだったが、自分と兄弟を大きく成長させ、また、母が伝えたかったであろう「自分を大切にすること」に気づくことができた。大学進学など考えてもいなかったが、英語が得意だった母に憧れ、将来は通訳者となるべく、大学に進学することを決めた。ビヨンドトゥモローに参加することで、たくさんの人と出会い、社会問題への理解を深め、視野を広げ、文化や言語を超えて人と人をつなぐことのできる通訳者となることを目指している。