ビヨンドトゥモローの学生がクリントン米国務長官と会見

アフガニスタンの復興会議のために来日中のクリントン米国務長官との対話として開かれた「Youth Leadership Dialogue」に、ビヨンドトゥモローの学生3名が参加しました。

高校留学プログラムで9月から海外のボーディングスクールに留学予定の有本温子さんが学生代表としてクリントン国務長官の前でスピーチを発表する機会をいただきました。

スピーチ内容

(原文)
Good afternoon, everyone. My name is Atsuko Arimoto. I am from Okuma town in Fukushima where the Fukushima Nuclear Power Plant is located.

It is my great honor to have this opportunity to speak to Secretary of State Hillary Clinton on behalf of other students from Tohoku. American people helped Tohoku and thanks to the relief support we received from them, I am here today.

My home was only 3km away from the nuclear plant and therefore I had to move to another city. Okuma town was designated as no go zone due to high radiation levels and probably I cannot go back there any time soon. I lost my home, an ordinary life in my home town and got separated from friends and neighbors. My life changed completely on March 11th.

 

(日本語訳)
有本温子です。私は東京電力福島第一原子力発電所のある福島県大熊町から来ました。

東北の学生を代表し、クリントン国務長官にお話する機会を得られたことはとても名誉なことです。震災後東北は、アメリカの人々から多くの支援を受けました。そしてその支援のおかげで、今日、私はここに立つことが出来ています。

自宅は原発から3kmのところにあったので、私は他の町への避難を余儀なくされました。高い放射線レベルのため、大熊町は立ち入ることができなくなり、私はいつ故郷に帰れるか分かりません。震災により、私は、家と、故郷での当たり前の日常を失い、友達や地域の人々とも離れ離れになってしまいました。3月11日を堺に私の人生は完全に変わってしまいました。

 

参加学生

 有本温子
福島工業高等専門学校2年(ビヨンドトゥモロー高校留学プログラム参加)

福島第一原発のある大熊町にて被災し、原発から3キロの距離にある自宅に帰ることができなくなり、いわき市の仮設住宅で暮らす。震災後、国際社会が日本を助けてくれたことへの恩返しに、将来は、自分よりも大変な状況にある誰かのために想いを馳せ、行動できる人間になりたいと、地球規模課題の解決に貢献できる外交官になることが夢。その第一歩として、秋からビヨンドトゥモロー高校留学プログラムでアメリカに留学予定。アメリカの大学に進学し、幅広い教養を身に着けた人間になりたいと考えている。


 菊地将大
筑波大学社会・国際学群1年(岩手県立高田高等学校卒業・ビヨンドトゥモロー大学スカラーシッププログラム参加)

陸前高田市で被災し、両親を亡くす。高校では生徒会長としてリーダーシップを発揮、震災後には、第14代高校生平和大使としてスイスの国連欧州本部を訪問し た。震災で世界より多くの支援が寄せられたことから国際連帯の重要性を感じ、世界に防災の必要性を発信していくことが日本の今後の使命であると考えてい る。将来の夢は、陸前高田市の市長となり、被災地の復興を先導する立場になること。特に、多くの人が職場を失い、経済的困難にあえぐ状況に強い危機感を覚 え、雇用問題の解決に貢献したいと考えている。


 千葉真英
宇都宮大学工学部1年(岩手県立大船渡高等学校卒業・ビヨンドトゥモロー大学スカラーシッププログラム参加)

大船渡にて被災。津波によって母親と祖母を亡くし、家も流された。現在は父親と二人の弟と一緒に大船渡の賃貸住宅で生活している。多くの命が犠牲になった中で自分は助かったという経験から、将来は地元の復興と、自然災害に備えた街づくりに貢献することが生き残った者の使命であると考えている。三陸沿岸地域の災害に強い街づくりに参加し、復興に関する事業を行う会社を立ち上げたいと考えている。2012年3月にはビヨンドトゥモロー米国スプリングプログラムで米国を訪問し、東北被災地の状況を発信した。

メディア掲載

下記にて紹介されました。